記憶を無くすまで、毎日酒を飲んでいた父が肝硬変と診断された。
当たり前だと思った。18歳から72歳まで毎日飲み続けたのだから。
私のアル中に関する知識は、中島らもの『今夜すべてのバーで』で得たものしかない。
そこに書いてあったのかは定かではないが、父が入院している間に必ずやらないければいけないと思ったことがあった。
家じゅうの酒に関するものを捨てる。酒もグラスもつまみも全部捨てる。
酒飲みはビールグラスを見るだけでビールを買いに行ってしまう。
酒飲みはさきイカを見ただけで飲み屋へ行ってしまう。
あの素敵ないいちこのコマーシャルも、もうテレビで流してほしくないがそれは仕方ない。とにかく家にあるものだけを徹底的に捨てなければいけない。
勝手に捨てるのもアレなんで、捨ててもいいか?と父に電話をしてみた。「いいよ」とすぐに返ってきた。だから酒もおちょこもグラスもつまみも全部捨てた。
未開封の酒は行きつけの店に持って行き「今までありがとうございました。来てももう酒は出さないでください」とお願いした。
しばらくして実家に行くと酒置き場だった戸棚は、父のおやつ置き場になっていて飴とチョコであふれていた。
あれから一年。父はアルコールを一滴も飲んでいない。
だけど肝硬変は肝不全と言われるようになり、余命はあと一年だと医者が言い始めた。
「誰にも文句言われずに、好きなものを好きなだけ食べて飲んで、死んでいきたい。」
その通りだと、当たり前だと思っていた。だけど、ぽっくり行く前には苦しい闘病と、理不尽なほどの不自由な生活があり、父を見ているとまるで死ぬ前に修行をしているようにも見える。