すぐやる課

フリーターからITコンサルになったシングルマザー

ニンニンクヨレヨレTシャツの日

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ヨレヨレの白いTシャツを着た男がこちらに気付く。Tシャツには「今夜がヤマだ!!」と書いてあり、なんで今日よりによってその服を選んだのか私は健太を嫌悪した。


天パ気味の髪の毛は伸び放題で、今にも小鳥がとまりそうに見えてよく目立つ。父親を見つけた葉月が私の手を握ったまま「おとしゃ」と小さく跳ねた。

 

「はーちゃん、なんか久しぶりい。おじいちゃんといいもの食べた?」そう言いながら改札から出て来た健太から、尋常じゃないほどのニンニクの匂いがするので、あんたこそ何を食べたんだと聞きたくなる。この人は今日このなりで、この匂いで、私の実家に私たちを迎えに来たらしい。

 

実家に向かいながら、死ねばいいのに、と心の底から思った。
実家を馬鹿されているような気持ちになり、今までもこういうことがあったような気もするのだけれど、でもよく思い出せない。


健太への気持ちが無くなったのは、多分この時だと思う。直してほしいとか、フォローしようとか、今まで思っていたはずの気持ちは消え、そこに図々しい他人が居た。私はただぼんやりと、鳥の巣頭が私の両親を適当にあしらっている姿を見ていた。

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この日、東京に戻っても私はあまり喋らず、不機嫌そうな私に健太は更に不機嫌になった。派遣先から雇止めを言い渡された健太は履歴書を書いており、私は葉月を寝かしつけていた。明日は燃えるゴミの日で営業会議だ。早く寝なくては。

 

気が付くと健太がこちらを見ていた。気付かないふりをしていると「証明写真ってコンビニでプリントできるんだけど」と独り言のように言い始めた。「なんか送れないみたいなんだよ」

 

写メを送ってコンビニで証明写真を印刷するだけのサービスの何にこの人は躓いているのだろう。差し出されたガラケーを見ると、受信箱が表示されていて「ネットで証明プリントDA!」という文字が見えた。


私は仕方なくガラケーを受け取り、メールを開こうと何気なく少し画面をスクロールした。すると「RE:マリちゃーーーん!!」という件名を見つけて、私は思わずタップする。その途端、私は襖へ突き飛ばされ、健太にガラケーを奪い取られた。

 

「あとで、あとで説明する」と何度も言いながら健太はコンビニへ行ってしまった。突き飛ばされたままの姿勢で、あんなに真剣な顔の健太を見たのはいつ以来だろうと思った。そしてあの男は本当にバカなんだと思った。子供がまだ3歳という現実を思った。マリちゃんって誰だと思った。今、健太が車に跳ねられて死ねばいいと思った。そしてなぜか、私には根っこが生えていて、ここからどこへも逃げられないんだと思った。

 

コンビニから帰ってきた健太は、それから何日もの尋問の末に2年前からの浮気を認め、マリちゃんという女は結婚前からよく知っている共通の知人だったことが判明して、この日から私の世界はそれまでと全く違ってしまったのだけれども、いつから健太への気持ちがなくなったかと考えると、やはりあのニンニンクヨレヨレTシャツの日だったと私は思う。