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すぐやる課

40代管理部長(女)のぼやきとチャレンジ

まだなにもバレていないはずだけど、この時すでに他人だった

 

「欲しいなら欲しいって言うの。ねえ、はーちゃん。思ったことは言っていいのよ。」

 

ドアを開けた途端、桜子のセリフのような言い回しが聞こえてきて、俺は一瞬帰ってきたことを後悔する。

「はーちゃん」が涙を溜めた目でちらりと俺をみる。おかえりなさいとは言わずに母親へ視線を戻す。

 

「はーちゃん、欲しいっていう気持ちはね、わがままじゃないんだよ。いっぱい言っていいんだよ。」

説教がヒートアップしているらしく、桜子の口から唾が飛ぶ。

「今から買いにいこう、だからもう二度と、」

桜子の口が歪んだ。ああ、なんでビールを買ってこなかったんだろう。

「お友達のもの、もってきちゃだめだよおーー。」

堪えているのか嘘泣きなのか、震えるような動きはそれらしく見えて気持ち悪い。

 

「ごめんなしゃあいーー」
葉月も泣き叫び、母子はひしっと抱き合う。

 

「何やってんの。」

 

俺はできる限り白けた声で言う。ねえ、あんたなにやってんの? 本当はそう言いたい。 

桜子はやっと俺に顔を向ける。しかしすぐ体ごと背けて「西松屋行ってくるから。」と独り言のように言った。

娘を抱き上げ「歯ブラシケース買いに行こう。一番かわいいの買おう。」小さな顔に頬ずりしながら言う。

 

ばからしい。

 

「いまからー?」パッと顔を輝かせる葉月にカーディガンを羽織らせながら「今からー」と桜子が笑顔で返す。

 そんな二人の姿を眺める。公園で見知らぬ親子を眺めるように。

桜子が小さい頭の柔らかい髪をクルクルっとねじる。キャハハハと幼い笑い声がする。

 

あれ、俺、もしかしてここに存在しないんじゃないの? 

俺はずっとここにいたつもりだけど、そう思ってたの俺だけなんじゃないの? 

 

さっきまで泣いていた葉月のぽっぺが揺れて、俺はつい、マリリンの胸を思い出す。
大きくて、大きくて垂れている、マリリンのおっぱい。
桜子とは別の生き物のような、大きくて、だらしない、マリリンそのもののようなおっぱい。
さっきマリリンが声をあげながら体をくねらせた、あれはもしかして演技かもしれない。どこもかしこも柔らかいマリリン。

 

はっと気付くと桜子がこちらを見ていた。なんで睨んでるんだよ。こっちくんなよ。
桜子はどんどん俺に近づいてきて、俺の横を通り過ぎ、そのまま玄関のドアから出て行った。行ってきますも言わずに。

 母親の手を掴んでいたはーちゃんが、ドアの隙間からちょっと振り返って、ちょっと笑った。